男子バレーボール日本代表の関田誠大選手は、2025年6月からサントリーサンバーズ大阪に加入しています。関田誠大選手は175㎝とかなり小柄ですが、MB(ミドルブロッカー)を巧みに使うトスワークを武器に活躍してきました。
そんな関田誠大選手が引退してしまうようですが、理由は何なのでしょうか。
そこで今回は、関田誠大選手の怪我の詳細や引退の理由、これまでの活躍について調査します。
関田誠大の怪我の詳細は?
2025年5月16日、関田誠大選手が右足関節後方インピンジメント症候群および右足関節外側靭帯損傷の手術を行うことが、日本バレーボール協会を通じて発表されました。
関田誠大選手がこの状況で手術に踏み切ったのは、慢性化していた怪我を根本的に治療し、万全な状態で試合に臨むためだとされています。
では、2025年12月現在、関田誠大選手の怪我の状況などはどうなっているのでしょうか。
右足関節後方インピンジメント症候群とは?
関田誠大選手の怪我の詳細をみていく前に、まずは右足関節後方インピンジメント症候群について解説します。右足関節後方インピンジメント症候群とは、足首を伸ばしたり、つま先立ちなどを行なったりしたときにアキレス腱付近に痛みや違和感があるという怪我です。
右足関節後方インピンジメント症候群は、余分な骨や軟部組織が挟まってしまうことによって起こり、ジャンプやキックといった動作が多いスポーツ選手に起きやすいとされています。
右足関節外側靭帯損傷
右足関節外側靭帯損傷とは、足首の外側にある靱帯が内側に捻られたことで伸びたり、断裂したりしてしまう怪我です。一般的には捻挫として知られており、ジャンプなどをした後の着地で失敗してしまった時などに起こりやすいとされています。また、きちんと治療しないまま過ごすと、足首がグラグラするような感じになってしまい、満足にプレーすることができません。
そして、捻挫が慢性化してしまうことで頻繁に起こりやすくなってしまい、将来的に変形性足関節症に繋がることもあるそうです。
現在はリハビリ中
2025年12月現在、関田誠大選手が怪我から復帰した発表はありません。そのため、2025年12月現在もリハビリ中だと思われます。怪我や移籍などで注目を集めたこともあり、関田誠大選手の動向はメディアにも取り上げられており、2025年7月から少しずつトレーニングができるようになったことが明かされていました。
ただ、当初の予定では2025年10月頃からは実践復帰できると考えられていましたが、年内もしくは年明けになるのではないでしょうか。
関田誠大の引退の理由とは?
2025年12月現在、関田誠大選手は試合には出場できていませんが、現役は引退しておりません。現在は早期復帰を目指してリハビリに励んでいる真っ最中で、2025年に行なわれたネーションズリーグではアンバサダーとして活動していました。
関田誠大選手は巧みなトスワークと相手を惑わせるフェイクなどを織り交ぜることができ、男子バレーボール日本代表とサントリーサンバーズ大阪に欠かせない選手です。
では、なぜ関田誠大選手が引退するといった噂などが出ているのでしょうか。
年齢
関田誠大選手はまだ引退していませんが、32歳という年齢が関係しているのではないでしょうか。
30歳を超えてもアスリートはプレーし続ける人も多いですが、怪我がちな選手などは30代になったタイミングで引退を選ぶというケースも少なくありません。特に、関田誠大選手は手術を行なって半年以上もプレーしていないので、そういった部分も相まって引退と勘違いされてしまったのではないでしょうか。
退団したから
2025年5月、関田誠大選手は手術を行うと共に、ジェイテクトSTINGS愛知から退団しました。実際は、サントリーサンバーズ大阪にすぐ加入したわけですが、一時的に無所属となった期間もあったので引退するのではないかといった噂が出てしまったのではないでしょうか。
ちなみに、関田誠大選手がサントリーサンバーズ大阪に移籍したのは、純粋に勝ちたいという思いが強かったからだそうです。関田誠大選手はこれまで長いキャリアを歩んできましたが、優勝した経験がないので勝利に対して貪欲なのではないでしょうか。
関田誠大のこれまでの活躍についても紹介!
関田誠大選手は2015年からバレーボール選手として活動し、翌年の2016年からは日本代表としてもプレーするようになりました。長い間、日本バレーボール界を支えてきた関田誠大選手ですが、これまでどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。
それでは、関田誠大選手のこれまでの活躍などを振り返っていきましょう。
春高優勝&ユニバーシアード
関田誠大選手は姉の影響でバレーボールを小学1年生から始め、東金町ビーバーズというチームに在籍していたそうです。
そして、高校は東洋高等学校を選び、1年生からレギュラーとして活躍して先輩である柳田将洋選手と共に春高バレーに出場します。そして、2010年の春高バレーでは初優勝をもたらし、中央大学法学部に進学しました。
中央大学時代には「ミキプルーンスーパーカレッジバレー2015全日本大学選手権」で最優秀選手賞を受賞し、ユニバーシアードにも出場しています。
海外でもプレー
2015年12月1日、関田誠大選手はパナソニックパンサーズに内定し、2017ー2018シーズンまで在籍していました。そして、2018ー2019シーズンから2020ー2021シーズンまでは堺ブレイザーズでプレーし、中心選手として活躍します。
そんな中、2021年に関田誠大選手はボーランド1部リーグのクプルム・ルビンに移籍することが発表されました。ただ、初の海外挑戦は1シーズンで終了し、2022ー2023シーズンからジェイテクトSTINGS愛知でプレーします。
オリンピックでベスト8
関田誠大選手は所属チームだけではなく、日本代表でも主軸を担っており、これまでオリンピックや世界選手権、ネーションズリーグ、アジア選手権、ワールドカップといった国際大会に出場してきました。
特に、2021年の東京オリンピックでは。日本代表に選出された関田誠大選手はチームをベスト8に導く活躍を見せています。
まとめ
今回は関田誠大選手の怪我の詳細や引退の理由、これまでの活躍について調査しました。
関田誠大選手は怪我の治療のために長期離脱をしていますが、実践復帰の日も近いとされています。今のリハビリ期間は治療だけではなく、精神的にもリラックスできていると思うので、元気な姿で新天地であるサントリーサンバーズ大阪で活躍してほしいですね。
